卯月
卯月
地下鉄のトンネルを吹き抜ける風は、ホームに立つ私達の元気まで連れて行ってしまいそうです。
華麗に舞う地下の盗人には、心の内が見えるのでしょうか。
①健康について
最初は代表と名乗るのも怖かったけれど、ビビりながら代表代表と名乗り続けたらようやく板についてきた感じがします。
振り返れば去年の間、UAにいたのに健康について深く考えることがありませんでした。知っている気になって、根拠の無い情報を切り貼りして考えることを終わりにしていました。 それが嫌になり、立ち止まってみました。
「健康」って、なんだ?
そう、健康とは何なのでしょう?
本を読み、インターネットを漁り、たくさん考えました。今の段階で分かったことがあります。
「健康」は大きく分けて二種類あると思います。
一、伝統食と適度な運動をして病気をせずに長く生きて死ぬこと。
二、好きなものを食べストレスフリーな生活を送り短く生きて死ぬこと。
(もちろん、ある程度の食事と運動量を前提として考えてくださいね。)
一でも二でも、今は子孫が残せる(それも二十年近くかけて相手を選り好みする)時代です。
そんな中で私達は八十歳を過ぎても元気に生きて家庭菜園をするのか、六十歳までタバコを吸って好きなものを食べて人生を燃やして生きるのかを選びます。
大切なのは「食べるもの、運動、睡眠時間いずれも私たちは毎回選んでいるということを自覚する」ということです。
この(価格競争の激しく、安いものを選ぶことが無条件に良しとされ、ファストフード店が立ち並び、大して歩かなくても目的地までたどり着けるようになったことの多い)残念な国で、
健康的な食事をとり運動習慣を維持し、身体にとって幸せな人生を送ることは、とてもとてもとても難しいことだと自覚することです。
伝統食がその地位を引きずり下ろされたのは、紛れもなく現代を生きる私達の浅はかな選択のせいです。
人類史を築いてきた先人達に合わせる顔がありません。
②逆ギレもいいところ
「発展」することが「幸せ」だと、誰に教わったのでしょう。
気付かぬうちに結び付けられたイコールを今日もぶら下げて話される言葉達は悲しそうな顔をしています。
自分のやりたいことがだんだん明確になってきました気がします。
一度結論づけてから時間をおいて、多方面からの刺激を与えたあとに考え直すのが好きなので、あくまで「今のところは」という話ですが。
世界中の人、誰一人として明日の食事に困らない。死の恐怖に怯えない。そんな世界が見てみたい。
それだけの話です。
でも今は、何をするにもお金が必要な社会です。
パチンコを一生していたい人も、
仕事をせずに遊んでいたい人も
社会のために人生を捧げたい人(たとえそれが地球の顔も知らない人々に食事を与えたいと考える大学生でも)も
同じ「お金」を集めなければなりません。
オブラートを溶かしてみれば、
「社会のためにやりたいことがあって、精一杯活動をして睡眠時間を削って勉強して、たくさんのことを諦めているのに、なんで毎日飲み歩いてる大学生を尻目に貧乏生活を続けなきゃならんのだ!」
という言葉がでてきます。
逆ギレもいいところ。
いくら頑張ったからなんだといった話です。
「結果を出してから出直してこいバカヤロー」
ですね。
でもたまにはかっこ悪い愚痴も吐いてみたくなるものです。笑われることも馬鹿にされることも敬遠されることも増えました。マイノリティ。
「配られたカードで勝負するっきゃないのさ」
と言っていました。 だから手持ちのカードで勝負してみます。
月の区切りとか、年の区切りとか、学年の区切りとか、生まれてから二十年経ったからとか、誰が決めたかも分からない地点で切り返すよりも、よっぽど華麗で、泥臭くて勢いのある方向転換。 意識的な区切りは「今」。
第二ラウンドを告げるゴングが 地下鉄のホームに響きます。
四月の陽太郎報告でした。
間違えた君に冷えピタを
間違えた君に冷えピタを
十月三十日〜十一月三日
京都に着いた。
長い長い夜行バスの夜を経て迎えた、朝は古都を優しく包む。
眩しい日差しが寝ぼけまなこに差し込んでくる。
そもそも京都、大阪に来た目的は旅行ではない。
京都にあるからあげ梅しんというお店の唐揚げを大阪府立大学の学祭で導入できるようになり、
その契約担当だった私がTFT-UAの活動の一環として訪れたのだ。
大好きな唐揚げを学祭で販売できることとともにTFT-UAの活動の幅を広げられたことが嬉しい。
いつか支援先の子供達にも唐揚げを食べてもらいたい。
前半は京都にて、二日から始まる大阪府立大学の学祭に合わせて大阪に行った。
関西にこんな長期滞在するのは初めてで少し新鮮だった。
①マック食いすぎ事件
京都に来たというのに、私はマックばかり食べていた。
ゲストハウスの近くにマックがあって、私はゲストハウスとマックを何度も往復した。
帰りの新幹線の中でまでマックを食べた。
TFTの代表だというのに情けない。
マックが大好きというわけでも観光が嫌いというわけでもない。
ただ「選ぶこと」「考えること」から逃げていたのだ。
考えなくてすむ。
初めての他大学祭導入という状況のなかで、一人、知らない土地、溜まっていたToDoもあり、
頭も手もいっぱいいっぱいだった私は考えることを一つでも減らすためにハンバーガーをかじった。
②学祭は本当におもしろい
(私もだが)大学生という生物は本当におもしろいものだ。
情けなくて、カッコ悪くて、どうしょうもないけれど、愛すべき存在なのだ。
(もちろん本当にどうしようもない人もいる。社会に迷惑かける人は愛すべき存在にはなれない。)
観客ゼロのステージで歌う青年の声は虚しく響く。
ボランティアセンターで「時間がない」と言いながらイカをさばく三人組。
ヨウ素デンプン反応により中が青緑色になってしまい「カビ仮面」と呼ばれてしまう名物のV仮面まん。
原付と並走しながらおしゃべりする超早い自転車少年。
中でも印象的だったのはメインステージで行われるクイズイベントだ。
唐揚げを揚げながら横目でメインステージを見ていた。
何人かの参加者がクイズに挑戦していく一昔前のテレビ番組のようなコンテンツだ。
クイズ自体は普通に進んでいくのだが、私を驚愕とさせたのはその罰ゲームだ。
司会者は甲高い声で言う。
「はい!間違えてしまった〇〇君には冷えピタを貼ってもらいま~す!」
「!?」
五度見した。
耳が壊れたのかと思った。
間違えた青年のおでこには冷えピタが貼られる。
学祭のクイズ大会に出るほど元気な彼が今最も必要としていないアイテムである。
意味がわからない。
誰がどういう経緯でこの罰ゲームを思いついたのであろうか。
誰がこの意味を理解して行なっているのだろうか。
貼る側も貼られる側も見る側も意味がわかっていないのではないか。
十一月の学祭で健康体の大学生がクイズを間違える度に冷えピタを貼られる光景は実にエモかった。
③徹夜mtg
学祭前日の夜、泊まるところがない私はTFT-OPU(大阪府立大学のTFTサークル)の代表のまっちゃんと夜の大阪を彷徨った。
まっちゃんが住んでいるのは大学から遠く離れた街にあるシェアハウスで、今夜は彼もまた泊まるところがない。
私はホームレスをしていたため一晩くらいの野宿は余裕だったので
「公園で寝ればよくね?」
という暴挙に繰り出そうといしている中、まっちゃんは必死に宿を探してくれた。
そして見つかった。まっちゃんが入っていたサークルの先輩の家である。心優しい先輩は私たちを優しく出迎えてくれた。
私に至っては全くの他人である。東京から来たわけもわからない哺乳類をやすやすと家にあげるなんて、こちらが心配になるレベルの優しさだ。
ありがとうございました。
学祭一日目の夜はカラオケボックスに入りひと晩中話した。東京からTFT仲間も駆けつけて三人で熱く語った。
何にも任されていないはずに、学生業界の全てを背負ったように錯覚すらした。
楽しい時間はあっという間で、フリータイムは終わった。
まっちゃんはラスト一時間半くらいでダウンした。
私たちに土下座をする姿勢でソファーの上で眠りに落ちた。
大学横のカラオケボックスのソファーの上で土下座をしたまま動かなくなるまっちゃんは少し面白かった。
TFT-OPUはこの学祭で四二三食販売し、売り上げ十六万円以上という驚異的な数字を残した。
初めての学祭導入、メンバーのほとんどが一年生、他の唐揚げ屋台もある中四百円の値段という環境の中でここまでの数字を出したTFT-OPUのメンバーはすごい。
サイヤ人で言えば戦闘力五十三万くらいある。
かくしてからあげ梅しんの学祭導入は堂々の旗を掲げスタートをきった。
これからも様々な催事に現れることになるだろう。
全てはお腹をすかせた子供達のために。
【17時間ドライブ】古都の風に吹かれて
古都の風に吹かれて
十月十九日(二十一時)-十月二十二日(九時半)
①ドライブドライブ
世界は広い。世間は狭い。
なんにせよ、京都は遠い。
終わらない高速道路の上で何度も発狂しそうになる自分を抑え、運転した。
ドライバーは私一人。隣で一緒に楽しい話をしてくれる友達がいなかったらきっと完走出来なかったと思う。 休憩時間も合わせて、帰り道は十七時間もかかった。
②からあげプチ修行
今回の旅行の一番の目的、日本一おいしい唐揚げ屋さん「梅しん」に行った。比喩ではなく、全国からあげグランプリでずっと金賞とっている唐揚げだ。
とんでもなくおいしい唐揚げ丼を食べた。
③自分より色あざやかな写真
スマホはどんどん進化している。私たちは実際より色鮮やかな画像を見てしまっている。写真の背景がどんどんぼやけていくごとに、リアルとバーチャルの境界線もぼやけていくような気がする。
④猫は今日も猫をやっている
先斗町に子猫がいた。 小さな子猫で、灯籠の陰に隠れていた。 そんな猫は、今日も猫をやっている。 自分以外の何物にもなろうとせず、猫であるという仕事をせっせとしている。
かわいい。
⑤余白は美しさを生む
私たちは待てない。
信号も、エレベーターも、読み込み時間まで、 みんな手をあげて
「はやく、はやく、もっとはやく」
の大合唱。
世界から余白が奪われていく。
だから私たちは考えない。
想像する余白も、考える余白も全てテクノロジーの先客がいるおかげで私たちは考えずに済む。
高校時代
「今頑張れば将来楽できるから」
と言っていた先生が忘れられない。
私は楽をするために生きている訳ではない。
銀閣を眺めながら、そんなことを思った。
⑥よりごのみをして
おいしいものを食べる。
安いものを食べる。
映えるものを食べる。
私たちは、選り好みして生きている。
好きなものを選んで、食べている。 売る側は選ばれるのに必死で、食材の声なんて聞こえないふりをしているのだろうか。 生まれながらに地球の罪人である私たちの罪を顕著に表す行動だと思う。
⑦私たちは丸腰で
学校に、会社に、部活に、サークルに、学生団体に、家族に、友達グループに、所属して 一人であることをごまかしている。
本当はひとりぼっちで、何も持たない私たちは 誰かと寄り添うことで寂しさをごまかす。 自分の本当の弱さと対面した時に、見える世界が変わった。
先延ばしにして、守られ、誰かに決めてもらう時間は突然終わりを告げる。
その時に、私たちはいかに丸腰で、ひとりであることを実感した。
邪魔だと思っていた足枷は実は私たちを守っていてくれたのかもしれない。
「それ以上行ったらケガするよ。」
それなのに私達は、枷を外して走り出してしまうのだ。
⑧自分の人生を生きる
[自分の人生の主語を自分にすること]
他人に迎合するかどうかではなく、自分の原動力の矢印が自分から発信されているのかどうかだと思う。
本当に人は幸せになるために生まれて来たのだろうか?
多くの人が本気で信じきっていることは、マイノリティにとっては悪魔でしかない。 (この話は自分の中でまだ整理がついていないのでまた今度)
京都の風に吹かれ、少しリフレッシュした心で
また新宿に繰り出すのだった。
【大事件】尻、山口にて
尻、山口にて
九月二十四日~九月二十五日
山口に来た。
なんとこの夏二度目である。
今だから言うが南浦和からこんなに離れた場所に、一シーズンに二度も来ることになるとは思わなかった。
用があっても行くことをためらうくらいの場所だ。
しかしなぜこの私がこんな遠い場所に(経費も落ちないのに)二度も来たのか。
それは、私がすっかり山口県の虜になってしまったからである。
最初に来たのは八月の頭。
私の所属するTFT-UAのフィリピンスタディーツアーに申し込みをしてくれた山口県立大学の子三人に出張事前研修を行うためだ。
私は(それが長距離であっても)直前まで移動手段の確認をしない大学生選手権ファイナリストである。
それによろしく今回も前日に確認したら夜行バスはもうなく、新幹線のチケットをとった。
実際山口くらいの距離になってくると夜行バスも新幹線も値段が変わらない。
今回も神に愛された私は様々なハプニングに見舞われながら十時間足らずの一人旅を満喫した。
はじめに。
そもそも今回の一人旅は偶然発生したのだ。
九月二十四日に行われると思っていた山口県立大学のスタツア報告会は実は九月二十五日だった。
入口から間違えた私はあり余った十時間を一人旅に使おうと決めた。なんだか最近気が滅入っていたし、一人旅なんてもう一年くらいしていない。好きなのに。
久しぶりに自分を見つめる時間を持つことが出来て、いい時間にしようと決めた。
ありがたいことに今年に入ってからずっと忙しくて、休みなんて一日もなかったが、事故的に発生した限定夏休みだった。結果的にとっても満足、最高の一人旅だった。
山口県はたくさんのものを見せてくれた。
弁当の醤油に気づかないまま食べ終えたり、
「もうこの際山口で髪を切ってやろうか」と思い店に入ろうとしたらトリミングサロンだったりした。
その中でいくつか印象に残った出来事を記す。
流れ:五重塔→瑠璃光寺→そば寿司→そばソフト→美術館→日本茶屋さん→足湯→ういろう→YCAM(ワイカム、山口市の情報芸術館)→スターバックス→泊めてくれる友達と合流
①スターバックスの店員さん
なんと前回も行ったスタバの店員さんが私のことを覚えていてくれた!前回と全く同じ注文をした。「店員さんの一番好きなやつください」
と。
今回もとっても美味しかった。
②おてもとと尻
行きの新幹線で駅弁を食べた。
手で食べられる巻物だったので、おてもとお手拭きセットは使わずに持っていた。
そしてそこから十二時間以上経った夜九時。山口駅のトイレで事件は起きた。
紙がない。
紙はおろか、ペーパーホルダーもない。
罠だ。
しまった。
完全に山口を知った気になっていた。この山口駅のトイレができてから今日までここにトイレットペーパーは設置されなかったのだ。
今日私に絶望を与えるために!
私は髪をかきむしり神になぜ紙がないのかを問うた。返事はない。
諦め掛けていたその時、鞄の中にあの時のおてもとがあることを思い出した!
あの時残したおてもとの中のお手拭きは、今この時のために!!ありがとう世界。おかげで公然猥褻大学生として山口新聞の紙面を飾らずに済みそうだ。
備えあれば憂いなし。
おてもとあればわいせつなし。
③OZ
友達の家に泊まったのだが、そこでOZ(オズ)と言うマンガを読んだ。素晴らしいマンガだった。そしてこの感覚を思い出した。
マンガも本も映画も大好きなのに、忙しさにかまけてまとまった時間を取れていなかった。
こういった時間を大切にしようと思った。
④説明しすぎない美学
山口県は看板が少ない。瑠璃光寺も、五重塔も看板の説明は少ない。
漫画にせよ本にせよ、最近の作品には、発信者が登場人物のバックグラウンドまで細かく説明しているものが多い。発信者の責任が重い。
そしてデザインはわかりやすく目につくものが必要とされる。
しかし思い出してほしい。
スラムダンクの桜木花道の家庭事情なんて誰が知っていただろうか。
そこには説明しすぎていないからこその美しさがある。
なぜならそこに「余白」が生まれるからだ。受信者側が勝手に妄想をするための「余白」が、作品に深みを与える。
事細かに説明することが本当に必要なのかどうかを、私たちは考えねばならない。
綺麗な山々にもお別れを告げて、
新幹線に乗り込む。
ありがとう山口。また来るよ。
東京に帰る。
【海外からの漂流物!?】東松島スタディキャンプ
九月一日~九月二日
【企画】CFF 国内チームJSC×東松島チーム
①日目 仙台駅に集合→荒浜小学校→ごはん→仮設住宅跡→おみそ製造場→旧野蒜駅→宿内コンテンツ「防災セミナー」→ごはん→ワードウルフ
②日目 バームクーヘン工場→美馬森(ワークと馬とヨガ)→浜辺でゴミ拾い→KIBOTCHA→解散→牛タン→おっぺしゃんラーメン
《Ⅰ》久しぶりのCFF!
しばらくご無沙汰だったCFFの空気。 やっぱり居心地が良かった。久しぶりの顔、初めましての顔もみんな気づけば仲良くなれて幸せだった。
《Ⅱ》はじめまして東松島!
東松島に訪れたのははじめてだった。とっても美しい場所だった。ご飯が美味しくて、住む人達が強く優しく暖かくて、パステルでもデジタルでもない優しい色で溢れる土地だった。
荒浜小学校もKIBOTHAも初めてで衝撃が大きかった分、回しきれないくらい頭がぐるんぐるん回って、その感覚さえも嬉しく思えた。
《Ⅲ》防災セミナーをさせてもらいました!
宿で一時間ほど、防災セミナーをしてきた。セミナーも回を重ねる事に伝えたい情報が絞られてきて、その伝え方も構成も良くなってきたと思う。自分に今一番、東北のためにできることだ。
《IV》ヨガに目覚める!?
美馬森さんのプログラムで、森の中でヨガを体験した!!涼しくほほを撫でる風、土と馬と緑のにおい、黒須さんの優しい声…。最高だった。
「 ヨガ、はじめたい!」
《Ⅴ》こ、これは!!
野蒜の浜辺でゴミ拾いをしていた際、見つけたのは外国パッケージのゴミ。 確証はないけれど、海に流されて外国から流れてきたのだろうか。
目のあたりにして衝撃だった。自分の捨てたゴミが、遠い外国の美しい浜辺を汚しているかもしれない。
道に捨てた瞬間、それは凶器に変わる。プラスチックとはそういうものだ。 プラスチックはそう簡単に海で分解されない。
ゴミのポイ捨て、ノンリサイクル、あなたのその少しの行動が世の中を良くも悪くもしているのだと、愚かな程に信じることが希望ではないだろうか?
被災地にカネを送らなくなった私たちは、代わりにゴミを送るようになった。
そんな国ではいけないはずだ。
《Ⅵ》復興と宮城とわたし
宮城に来る度に思う。
素晴らしい土地だと。
本当にここが好きだと。
この国の復興は、まだまだ途中だ。
様々な問題はあるけれど、
「この国はまだ強い」
そう思う。 一度ボロボロになったからこそ、生きる力がパチパチと音を立てて輝いている。
「スクラップアンドビルド(映画シン・ゴジラより)」
その通りだと思う。
だからこそ、一度出会えたこの国の復興に一生をかけて向き合いたいと思う。
自分の出来ることでしか役に立てない。
ならばできることを増やせばいい。
出来ないことを出来るようになること
それが成長だ。
生まれつきの天才なんて一人としていない。
一歩ずつ階段を踏みしめて登るしかないんだ。
途中で諦めた人は、彼を天才と呼ぶ。
また歩き出せることを信じられなくなった時
君の成長は終わる。
情けないきれいごとを信じて
どこまでも進める人であれ。
《Ⅶ》おわりに
今回東松島スタディキャンプに関わってくださった皆様、一緒に食べて、話して、楽しんだみんな、東松島をはじめ東日本大震災の復興に携わった全ての方々、宮城の美しい文化を創り、継承してくださった先人の皆様、 私にこんな美しいものを見せて下さり ありがとうございました。
遠い遠いところを飛ぶ蝶の羽の動きが、遠い国に希望の雨を降らすこともある。
バタフライ効果という。
どんな場所にいても 美しい羽で羽ばたける。
そんな蝶であれますように。
魔法の杖
魔法の杖
(スタディーツアーに行ってみて)
①魔法の杖
「先進と途上」
ホームステイをして、小学校を訪問して、たくさん話をして、自分の中で二つの環境を比較をした。
私たちは何が先進していて、彼らは何の途上にいるのだろう。
友達が言った。
「この人たち、消費への憧れがあるんだ。」
まったくその通りだ。
この世界はもっと四次元的に広がっているのに、二次元の断面図だけを見てマエとウシロを決めているから先進と途上なのだ。
魔法の杖を捨てた時、彼らは今日の日を想像して、少し泣いたのだろうか。
途上国を途上国にしているのは私たちだけではない、彼らの欲求が途上国を途上国にしているのだ。
バライバイの空はこんなにも澄み渡っているのに。
そんなことを思った。
②僕たちはまだ途中だ
自分ばかりを守るうちに、固めるうちに、完成させるうちに、忘れていた。
僕たちは、まだ途中だ。
弱い自分を隠したくて、怖がっていたビビりな自分はさぞかしダサかっただろうに。
知らないことはある。
わからないこともある。
理由が見つからないときもある。
体のいい言葉はいらない。
だって僕たちはまだ途中なのだから。
それを知った僕はきっと昨日より少しだけ、強い。
かっこ悪い自分に会えて、本当にラッキーだ。
③トライシクル
トライシクルはフィリピンでよく使った移動手段だ。
三輪のオートバイor自転車である。
サイドに乗っているときは、先が見えない。どこに進んでいるのかわからない。
いつ転げるかもわからないそれに身を委ねて、
走る。
自分の人生はとっても不安定だ。
私達は
いつ死ぬかもわからないのに、
うまくいくかどうかもわからない勝負を繰り返し、
あるかどうかもわからない花の色に夢をみる。
④なべし
最高のパートナーの話をさせてほしい。
フィリピンスタツアの代表、UA関東の副代表、大事な友達、パートナーだ。
いつだって優しい笑顔とノリの良さと安心感を持ち合わせている。
彼女と一緒にスタツアに行けたことを世界中の人に自慢して回りたいほどだ。
私達はいつも[一秒前]なのだ。
「それやっておいて欲しかった!」
「頼もうと思ってた!」
ということがしばしばある。
お互いの言わんとしていることがわかる。
打ってくれるのを知っているから、安心してトスが出せる。トスが欲しいところにくるのを知っているから、のびのびと力一杯スパイクが打てる。
そして、それぞれにちゃんと自分があって、それを尊敬している。ツアー中に彼女にひとこと感謝を伝えられたのでよかった。
⑤りんかく
人が人でなくなってしまう。
あなたもどこかで聞いたことがあるかもしれない。
カニバニズムも、死刑制度も、安楽死の反発も、ヒトが人のりんかくを保つための手段なのだなと思った。
国境もJapaneseも法律も、人が決めたもの。ヒトは人であり続けるために人のりんかくを自分で決め続けるのかもしれない。
あの事故から一年。
死について考えることが増えた気がする。
(まだ向き合うことが怖いけどね。)
⑥ さよなら
この人たちと過ごすこの時間は、きっともう一生ない。
全ての瞬間がそうであるはずなのに、なぜか今は少し寂しいよ。
思い出は心に残るけれど、
心の中のあなたは年を取らない。
終わりがあるから今が美しい。
花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ。
TFT-UAフィリピンスタディツアー
八月十五日~八月十九日
【人数】総勢二十四名。(参加者二十二名、引率スタッフ二名)
【内容】二〇一四年から給食支援をしているバライバイ小学校を訪問してきました。
①日目
窓に揺れる雨の雫に、街の灯りが反射して光ります。空も暗くなってきた夜七時ごろ、マニラ空港に集合した私たちはオロンガポに向かう貸切バスに乗ります。
直接日本から来た子、セブ島から来た子、ミンダナオ島から来た子、カンボジアから来た子、現地集合ならではの前入り組の話で盛り上がります。
マニラから、目的地であるバライバイ地域手前のオロンガポのホテルまで四時間以上の道のりです。バスに揺られながらこれから始まるスタディツアーに心踊らせます。
バライバイ小学校がある地域は「再定住区域」、一九九一年のピナツボ火山の噴火により住処を追われた人々が移住して来た地域です。
マニラから百二十キロメートルの地域で、高い失業率と貧困が問題となっています。
普段日本で行なっているTFTの活動の支援先はバライバイ小学校です。約九百名の生徒が在籍しています。
そのうちTFTの給食を食べている子は百二十名ほど(生徒全員が食べているわけではありません!) です。
誰がTFTの給食を受給するは年に一回の健康診断で測られるBMIで決まります。
バスはそろそろオロンガポのホテルへ到着します。
夜もすっかり深んで、みんな部屋に入りゆっくりと夢の中へ入っていきました。
②日目
朝からみんなでオリエンテーションです。大学も歳もバラバラ。フィリピンではじめまして。全員でツアーに参加した目的をシェアします。
実際に給食が届いている様子を見たい、
途上国に行ってみたい、
先輩の誘い、
友達を作りたい、
勢いで参加したなど様々です。
まだ顔に不安が陰る子も見られます。
アイスブレイク、ツアーでの注意点等を確認していざバライバイへ!
オロンガポからさらにバスで一時間ほど行きます。
小学校に着くとちょうど授業終わりの時間で、たくさんの子供達が出迎えてくれます。
さっそく、子供達が普段食べている給食をみんなで食べます。
「美味しい!」
「野菜入ってる!」
「ちゃんと届いているんだと知って感動した」
「嬉しくてたまらない」
思い思いの声が飛び交っています。
目に涙を浮かべる子もいます。
ごちそうさまをしたら学校見学です。
各教室を回ります。
元気に勉強をしている子供達の姿は希望そのものでした。
その後、子供たちのお母さんへの質問会です。
自分の子供への思いや健康への意識などの質問をしました。みんな前のめりになって質問をしていました。
質問会を終えたらもう夕方です。
それぞれのホームステイ先のお母さんとご対面。各家庭でそれぞれの夜をすごしました。
③日目
小学校には小鳥の声にタガログ語と英語と日本語が混ざって響きます。みんな、それぞれのステイ先であったことをシェアしています。
今日は自分たちで給食をつくる日です!
現地の野菜とお肉を使ったカレーを作ります。
見慣れない形のタマネギやココナッツの実に驚きながらも、だんだんといい匂いが部屋を包みます。
午前中かけてみんなで作ったカレーを子供達に振舞います。おかわりをしてくれる子もいる一方、ひとくち食べてやめてしまう子もいます。
その姿を見てメンバーにも少し悲しい顔が見られました。自分たちもカレーを食べたら午後は班に分かれて日本人だけのディスカッションです。
テーマは「自分にとって食とは」です。
終わってみて発表してみるとカロリーバランスの話や食の選択の話、自分の過去を食の観点で振り返る班もあります。
最後には全員でディスカッションです。
捕鯨の話からカニバニズム→死とポリティクス→死生観→死刑制度→死をコントロール→安楽死といった流れで進んだ深い話になりました。
話に夢中になっていたらもう十六時半、今日という日が濃密すぎて整理がついていない子もいます。
そのままホームステイ先へ。
ディスカッションの時間はとっても青く、美しい時間でした。
④日目
あっという間にバライバイ小学校最終日。
最後はブードルファイトという、バナナの皮の上にご飯を並べて、みんなでそれを手で食べるというパーティです。
仲良くなった子供達とお母さんたちと日本人みんなでする食事は楽しいものです。
食事後は縄跳びをしたり折り紙をしたり、クイズをしたりします。
たくさん遊んだ後はツアーの振り返りです。長いようで短かったツアーで感じたこと、思ったことを言葉にしてシェアします。
まとまりきれていない思いを、感じたままに言葉に乗せてシェアします。
暖かい時間を終えると最後のホームステイへ。各々最後の夜を楽しみます。
⑤日目
朝早く集合してみんなでバスへ。
ホストマザーや子供達とハグをして感謝を伝え、名残惜しいバライバイ小学校をあとにして空港へ向かいます。
バスの中でもみんなの話は盛り上がります。
四日前にはじめましてをした私たちは、おはよう、いただきます、ありがとうを繰り返すうちにかけがえのない仲になりました。
日本の料理と味は違うけれど愛のこもった母の味、
一緒に遊ぼうと子供達が繋いでくれる手のやわらかさ、
慣れない環境で美しい時間を共有した仲間の声、
その全ての時間は愛に守られて輝いていました。
私たちを乗せたバスは空港に向けて走ります。
涙で濡れた瞳に、街の灯りが反射して光っていました。